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世界の装身具-指輪・耳飾り-ハンドリングゼミ 第1回

ここでは、会員のゼミでの感想や気づいた点、意見、お寄せいただいた図書資料情報などを掲載します(順不同)。


土田 慶太さん

私は今まで、装飾性や宝石の希少価値が重視される装身具ばかりを見てきましたが、数年前から自分が身に着ける装身具の意味を考えるようになり、元来の、まじないの力に期待して作られた装身具のデザイン、ラッキーモチーフなどについて勉強するようになりました。今回から始まった指輪・耳飾りゼミでは、正にまじないの力や強く期待して作られた装身具を、たくさん手に取って観ることが出来るので、次回以降も非常に楽しみです。


沢村 つか沙 さん

今回はアジア圏をメインに中国少数民族や韓国、インドなどのリングや耳飾りをハンドリングしました。
耳飾りがその時代の文化や民族的特徴を最も表す装身具であるという事をまず興味深く感じました。宗教的な意味を持つものがある事は、ヨーロッパのジュエリーを観る機会があるので、容易にイメージがつくものの、少数民族の伝統的装身具が、隣り合う民族との違いを誇示する為により大ぶりになったり、個性的になった様子を肌で感じ、歴史の中における装身具の意味深さに関心しました。 露木先生が、美しくなりたいという意味合い、民族的意味合い、権力的意味合い、貨幣的意味合い、など、要は全ての要素が様々なバランスで含まれている違いがあるというような説明をされていましたが、本当にその通りなんだと、だからそれぞれの時代や地域での装身具の意味合いを研究する事が平和な日本での装身具の研究にはない魅力があるのだと実感しました。
それぞれの国の年表を照らし合わせながら考えていく事が必要かと思い、次回までに何らか探していきたいと思います。


戸倉 博之 さん

学生時代、オスマントルコ史専攻と考古学でした。

指輪3、チューリップ・モチーフだとすると、、、

チューリップといえば、ほとんどの方はオランダをイメージされ、観光なら世界的に有名なアムステルダム・スキポール空港郊外のキューケンホフ公園を思い付かれると思います。
また、春にトルコを訪れたことが有る方は、イスタンブールの街中やトプカプ宮殿等で、この花が咲き乱れるのをご覧になったこともあるでしょう。
イスタンブールのブルーモスク他にはチューリップが描かれたタイルが有ります。

この花の実際の原産地は、トルコの現在の首都アンカラを要するアナトリア地方、トルコのエーゲ海地方からクリミア半島、イランからパミールを抜けて中央アジアにまたがる地域が主産地で、10世紀頃のペルシャが原産ともいわれています。
余談ですが、トルコ航空の機体にはチューリップ・モチーフのデザインが描かれています。

オスマントルコ帝国最盛期の皇帝(スルタン)スレイマン1世(1494~1566年)時代に
野生原種の品種改良が盛んに行われ、宮廷の花として育てていた観賞花でした。
はっきりとした時代は分かりませんが、オスマン朝(1299~1923年)以前のセルジューク朝でもチューリップを愛でていたようです。
帝国は時代が下ると、歴史の教科書に出てくる「チューリップ時代(1718~1730年)」を迎えます。
チューリップ時代の詳しい説明は割愛しますが、ある面、限定的ですがチューリップを愛でる位、平和を謳歌した、ということです。
それはともかく、スレイマン大帝時代に帝国を訪れたオーストリアのハプスブルク朝の外交官が許しを得て持ち帰ったものが後にオランダに伝わり我々が知るところのチューリップです。

指輪3のように、いつ中国に入ったのかは現時点では定かでは有りませんが、上記で記した原産地パミール高原から中央アジアへと有るように、元来、トルコ(チュルク)は遊牧騎馬民族です。今後、ゼミでも取り上げる東・西トルキスタン国はトルコ系です。ちなみに東トルキスタンは現在の新疆ウイグル自治区、西トルキスタンは、ウズベク、カザフ、キルギス、タジク、トルクメニスタン。交易で伝わった、と。

チューリップが日本に伝わったのは1828年頃だと思います。
というのも敬愛する我がジュール・ヴェルヌの生まれた年で、昔日、調べたような。。。。どなたか調べてください。
この年は、シーボルトが日本地図を国外に持ち出そうとした年でもあります。
シーボルトというと、オランダのライデンを思い出します。ライデンといえば、シーボルト・コレクションの民俗学博物館とライデン大学が素敵です。

指輪13、14のラダックは、カシミール・サファイアの産地です。ラダックのイメージは、それしかないです。

耳飾り3のモチーフは何でしょう?。

ぶどう、しか思い浮かびません。ぶどうならメジャーなモチーフですね。
中国は、とりわけ西域、古代からブドウを生産しワイン醸造をしていました。
長くなるので書きません。
現代の中国のブドウ生産量、ワイン出荷量は世界一です。
ここは地下水路のカレーズを使ったハミウリ栽培も有名です。

耳飾り9のぐるぐる・モチーフ。

ケルト系民族でもバイキングでも日本でもみます。
例えば、ストックホルムのスウェーデン国立歴史博物館はぐるぐるだらけです。
世界のぐるぐるマップを作ると面白いかも。

参考文献は、トルコとチューリップに関して。
「History of the Ottoman Empire and Modern Turkey」 Stanford J. Shaw & Ezel
Kural Shaw,
Cambridge University Press, 1988

「Broderies Turques」 Editions TH. DE Dillmont, S.ar.l. Mulhouse France
⇒このカタログは日本でも買えると思います。「アンティークDMC復刻図案シリーズ 刺しゅうで旅するヨーロッパ」
オリジナルは、フランスはアルザス地方の町ミュルーズにある染色織物博物館刊です。
この街は、宝飾・時計見本市のバーゼル・フェアーに行くときのフランス側の玄関口です。
こじんまりとしていますが、自動車や鉄道博物館も有って食べ物も美味しい、人も優しい素敵な所です。


山岸 昇司 さん

世界の装身具―指輪・耳飾りハンドリングゼミ 第1回 東アジア・ヒマラヤ地域文化圏の感想をご報告いたします。

露木先生の解説に、世界の装身具には頭の上から足の指先まで体の色々な部位に着けて身を飾る物があるとお聞きして納得すること大でありました。

私が抱くジュエリーイメージは西ヨーロッパのそれに多分に影響を受けているので、このゼミを通して自身の視野を広げて装身具を捉え直さねばなりません。

リスや蝙蝠、金魚(No.1,2,3,10)などの吉祥紋をあしらった指輪、紙幣の絵柄に描かれるほどその民族のアイデンティティを示す印として使用される耳飾り(No,19、20,21)など、今の日本人の装飾感が個々人の「自分らしさ」を表現するものであるのに対し、皆で同じ物を着ける「帰属欲求」から発せられる形状が支配的だと感じました。

度を越した重量の装身具(No.19、20)を手にした時に思い出したのは、以前私が現役だった時のお客様のことです。その奥様はご自宅が2回火事にあい全焼し、2度すべてのジュエリーを失った事がトラウマとなり以来、全部のジュエリーをリュックサックに詰めて常に持ち歩いておられました。銀流通が主で価値の保存に適した地域においては装身具の形状にして身に着けておくことが一番安全でありまた財産家を誇示できたのでありましょう。作りの巧みさより重さ重視の装身具のような印象です。

円や丸、球といったモチーフは普遍的ですから(No.23、24、26)の意匠は「これコンテンポラリージュエリー作家さんの作品です」と言って見せられたら「なるほど、いいですね」と返事をしてしまいそうです。

各民族にはそれぞれ独自の装身具文化があり大事にされてきた物が、情報伝達速度の高速化によりグローバルで画一的なものに収斂されてしまうのは抗しがたいとは言え寂しい感じがいたします。それでも観光資源として各地域に保存されているのが僅かな救いであります。

これらの貴重で入手しがたい装身具の数々を取集し、ハンドリングゼミを開講して下さった露木先生に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。



吉田 明泰 さん

今朝読んだレポートの中に、「映画『おおかみこどもの雨と雪』の中で、長女の雪が、爬虫類の乾物や動物の骨などの箱いっぱいの「宝物」を小学校の友達に見せてめちゃくちゃ驚かれ、自分の好きな物が世の中の女の子とは違うことに気づき、それ以降、封印してしまう。」という一節がありました。(菅谷 隆「虫はダメ」から考える生物多様性の価値と危機)

  私はこの映画を見ていませんが、私が宝飾品を身に着け始めた時のことを思い出しました。20数年前、マレーシアに長期出張中、現地の華人の人たちが、色石の指輪、翡翠のバングルなど、日常に宝飾品を身に着けているのを見るうちに、すっかり感化され、あれこれ身に着けるようになり、そのままのかっこうで帰国してみると、普段、よほど私がおかしな洋服を着ていても驚かない同僚・友人・知人たちが、まさに「めちゃくちゃ驚」き、「どうしたの?」「ナニゴト?」と、奇異の声を上げたことに、逆に私が驚いたものです。(幸か不幸か、この映画の女の子と違い、その趣味を封印してしまうどころか、ますます熱中してしまい、今に至っています。)

  今から思えば、当時の同僚・友人・知人たちの頭の中には、宝飾品は、結婚式やホテルでの宴会など、よほどフォーマルな場で見につけるものであって、職場や普通の会食の時に、そんなものを身に着けてこられても・・・という意識があったのだと思います。日常にじゃらじゃら宝飾品を付けて歩くのは、「爬虫類の乾物や動物の骨」の収集ほどではないにしても、かなり奇妙な行動に映っていたに違いありません。

いま、ブルーをフォーマルなシーン、グレーを日常のシーンとした時、恐らく、マレーシア華人だけでなく、日本以外のあらゆる国々では、宝飾品を身に着ける場が、「日々肌身離さず」というレベルから、「パーティー、結婚式」などのフォーマルな場まで連続していて、場合によっては、同じアイテムで兼用されている場合もあるように思います。

  一方、日本では、(婚約指輪や、ここ10数年急にメジャーになった水晶などでできたブレスレットを除くと)「日々、肌身離さず」という宝飾品はほとんどなく、ブルーとグレーの中間にあたるような場、たとえば、近所のスーパーにお買い物、毎日のお仕事というような場すら、宝飾品着用のシーンではない場合が多いように感じます。(逆に、たくさん宝飾品を身に着けてスーパーに出かけると、あたかも「爬虫類の乾物や動物の骨」を身にまとっているかのような印象を与えてしまうかもしれません。)

  ブルーとグレーの図で示すと、以下の通りで、宝飾品=フォーマルのシーンで使うもの、という意識が非常に根強いように感じられます。

 今回、ゼミの後半で、他の参加者の方々の感想を伺っていても、宝飾品は、フォーマルな場で身につけるものだ、という視点で、今回ハンドリングさせていただいたジュエリーへの、率直な違和感を語っておられる方も多くおられました。(私の聞き間違いかもしれませんが・・・・)

  ハンドリングさせていただいた宝飾品を、ブルーとグレーのマップに、私の独断でプロットしてみると、グレーのゾーンにプロットされるアイテムが多いように感じます。

  これから、今回のアジア地域に続き、他の地域の装身具をハンドリングさせていただく過程で、かしこまった場だけではない、さまざまな着用シーンを考えながら鑑賞・検討することで、議論が深まってゆけばよいと思っています。

その他3点(今回は、以下の3点を感想文とする予定でしたが、変な思いつきをつらつら書いているうちに、長くなってしまいましたので、簡潔に。 (3は前回の分です)

1.トクサヤギ
授業中に、トクサヤギが八方サンゴではなく、六方サンゴだという話がありましたが、一応、「ヤギ」という名前にもあるように、八方サンゴの仲間です。
**以下「http://es.ris.ac.jp/~iwasaki/sango/sango51.html」より引用 
八放サンゴ亜綱ヤギ目サンゴ科2属30余種のうち、 宝石として利用されるのは未記載種を含む8種です。 (中略)
 宝石サンゴの類似品としては、以下のものが流通しています。(中略)
 ・トクササンゴ類(八放サンゴ亜綱):骨軸は白く、角質の黒い節があります。赤く染色され、山珊瑚やバンブーコーラルとして流通しています。特に、チベットなどでは装身具や装飾品に多用されています。

2.「指輪9」のサンゴのリング
この指輪にセッティングされたサンゴ、(従来はあまり問題にされていなかったのに、最近は忌み嫌われるようになった)充填処理が丁寧にされているように見えました。

3.「戦争柄」の櫛
「百貨店で<趣味>を買う」(神野由紀、吉川弘文館2015)を読んでいたところ、次のような一節に出会いました。
「銀座で目立つ女性用品は呉服や宝飾品などがあるが、これら贅沢品は男性が買い与えるのが普通であった」(石丸雄二「私の銀座風俗史」・ぎょうせい2003、から引用)
戦争柄の着物が生産されたていたことなどと考え合わせると、戦前の女性には、そうした勇ましい図案が歓迎されたのかと思っていましたが、実際は、買い手である男性に向けた、いわばマーケティングだったのかもしれないと、気づかされました。

以上


岡本 有紀子 さん

日本が独特なジュエリーの歴史を歩んできたことを学んでから、諸外国ではどのような装身具の歴史を持っているのか、いつか調べてみたいと思っていましたところ、世界の伝統装身具のゼミの開催…
1回目からたくさんの装身具のハンドリングと露木先生の丁寧な解説で、『装身具の持つ意味や必要性』を興味深く学ぶことができました。ありがとうございました。

装身具に実際に触れるということは、大きさ、質感、重量、裏側の作り、細工の一つ一つまでじっくり見ることができる大変貴重な体験になります。
『神々の宿る銀』に書かれている、5つに要約された装身具を身につける理由も、それぞれの装身具に触れることによって感じ取ることができました。写真だけではわからないことをたくさん知る機会になりました。

重くて着けられないと感じられるほど重量感たっぷり銀が使われているもの、縁起物の図柄でお守り的要素が含まれているもの、民族独自のもの。私たち日本人には馴染みのない装身具の数々。
独創性のあるデザインや作りから、装身具に表現されている各地の歴史や思想、文化に加えて、作り手のセンスの追求やより優れたものをつくりたいという探究心のようなものも想像しました。

このゼミは、時代背景や各地のつながりなど奥深い知識が大切なので、次回はもう少し事前に歴史を把握して参加したいと思います。
また次回もよろしくお願い致します。


鈴木 はる美 さん

世界の装身具ー指輪・耳飾りハンドリングゼミ第1回東アジア・ヒマラヤ地域文化圏に参加した感想を述べます。まず、長年蒐集された貴重な指輪及び耳飾りを手に触れる機会を作って下さった露木先生に感謝申し上げます。

前回までの日本の装身具、日本人らしい繊細さとこだわりの技術に裏付けられたものでした。それと比較するのは、少々冒険ではありますが、中国の清時代は、日本では江戸時代であり、朝鮮の李朝、そしてインドのムガ―ル帝国から英領インドの頃だと考えると、デザインも技法も素朴でシンプルな物でした。それが、民族のアイディンティでしょうか。作り手の手技が伝わり、尚かつ使い手の生活が伝わるものでした。

指輪4 中国 テキスト外の文字のの右の字は、別図版によると福でした。左は現在解りません。こうもりについては、幸福の「福」と同音である説と韓国語でこうもりを「パクティ」という発音が福の音の「ポク」に似ているから幸福の象徴となったようです。毎回、吉祥文様については気になりながらも解り易いものがありませんでしたが今回『朝鮮王朝の衣裳と装身具』淡交社2007年刊行にありましたので、添付致しました。


奥住 義則 さん

今回初めてハンドリングゼミに参加させていただき、とても有意義な時間をありがとうございました。

自己紹介でも申し上げた通り、様々な品物の簡単なクリーニングや修理などを手伝わせていただいていますので、今回の中にはいくつかは見て触った物もありました。
その時には、ものに関しての情報と言えば主にどんな状態か、壊れやすいものはどこに注意するべきかなど、管理に関する事がメインでした。

今回、その背景にどのような暮らしの人々がどんな意味を持ってこれらの装身具を身に着けていたのか、などの説明を聞きながら改めて見る事によって、違う印象を受けました。
かなりのボリュームであったり着用性に問題がありそうな物にも関わらず、日常的にあまりはずすことなく身に着けていたと言う説明を聞き、つけていた人達のそれぞれ強い思いがあったのであろうことが伺えました。

ただ、制作に携わるものとして作りの観点から見てしまうのですが、同じようなデザインであっても重さに関しては全く気にしていないように思えるものであったり、逆に出来るだけ地金の量を少なくしようとその環境で可能な限りの技術であろう工夫がされていたり、自分の感覚では有り得ないほど痛そうな物があったりと、疑問と衝撃の連続でした。
直接その物に対しての宗教的な意味や親から子へと伝えられる大切な気持ちなど、様々な思いはあったのでしょうが、それを作る職人の技術や思いにもまた強い思いがあったのではないかと想像を膨らませてしまいます。

今回参加させて頂いて、自分の情報のなさを痛感しました。これから少しずつでも勉強して知識を深めていきたいと思います。

 


河西 志保 さん

今回第1回目、どんなことが学べるか大変興味をもってゼミを受けさせて頂きました。東アジア、ヒマラヤ地域共今までジュエリー業界にいながらタッチしたことのない世界でした。
まず露木先生のご本に衣類と装身具は人間の「装いの文化」の基本とありました。まさに装身具はキラキラした華やかものというイメージでしたが今回ゼミを受けて、東アジア、 ヒマラヤ地域の装身具は全く違うものでした。まず大きさが大振りで驚きました。特にミャオ族やチベットのアロンなどは大振りにし、豊かさ装う、お守り、財産、信仰を感じました。それだけ銀という素材にこだわり、銀から「装いの文化」を知ることが出来ました。
1から4の指輪は中国のお守りとしてのもので、リス、ブドウ、金魚、蝙蝠が描かれており特に4の竜のデザインが目、ひげ、口など面白いです。
5から6は中国民国時代のメノウやクオーツに七宝、細線細工?は女性らしく現在でも身に着けられる雰囲気のものでした。
7から9はチベットのリングで、山サンゴ(トクサヤギ)は初めて知りました。馬具の鞍型リングは、高さをわざわざ出している意味は何でしょうか?彫や粒銀細工でかなり凝ったデザインで現代でも十分面白いです。
10、11は韓国のパンジとカラクチで、未婚既婚の意味があり儒教に強い国と知ることが出来ました。
13,14のラダックのリングは、かなり使い込んだ跡があります。先生のお話にあったが、生活に根付き日々身に着けていたのがわかりました。
15から18は中国の耳飾りで軽くて小ぶり、15は特に竜をシンボルに8本のチェーンがぶら下がっているピアスは、デザイン性と細かいところまでセンスのいい加工で今回の一番気に入った作品です。
19から24まではミャオ族の耳飾りはかなりの大振り。19はさらに重くビックリさせられました。また銀のみで色石や七宝など使っているものはないようです。ゼミの感想の中には気を重くされたお話もありましたが、ネットで「ミャオ族」の写真を見ましたら、衣装も明るく刺繍も美しく、頭飾りから全身銀で身を守る民族文化でした。大振りなのは、豊かさと健康を表していて幸せな結婚を呼び寄せるものだと知りました。
27から31はチベット、モンゴルのヒマラヤ地域の耳飾りで、山サンゴや中国産のトルコが入る装飾品が多いのには、地域、民族の違いを受けます。特に27,28のアロンは片耳飾りの大振りで男性が右耳に着けている実際の写真が拝見できてわかりやすかったです。        
基本的には、耳飾りは世界ほぼピアスで、改めて調べてみると日本は珍しくイヤリング文化。イヤリングってどこの国で始まったものなのか次回までに調べたいと思います。
最後に装身具のイメージは、今回の地域とそして諸民族の銀の装身具を知り世界観が変わりました。銀の装身具は基本的に銀貨を溶かして作られていたことを(176p)で知り、改めて財産価値を感じ大きく重いものを持ち、それに民族の証、お守り、そして装うことを合わせ身に着けていたのだとこの感想をまとめていて学びました。幅広く知る良い機会を有難うございました。私なりに次回また新しい学びがあることを楽しみにしております。


奥田 文子 さん

今回は、これまでハンドリングさせていただいてきた日本の装飾品との違いに圧倒されました。
指輪も耳飾りも大ぶりで、重量感のあるものが多く、耳飾りは実際に身につけることを考えると怖い気さえするものもありました。
ひと口に装身具といっても、環境や習慣によってこんなにも違うのかと、あらためて驚きました。
民族によっては装身具は女性の全財産、それを親から子へ託す思い、社会背景を考えると、見終わった後には沈んだ重い気持ちになっていました。
しかし露木先生の言葉から、装身具の重要な要素である「美しさ」の点から見つめ直してみると、美しいものに託された「希望」を感じることができました。
装身具とは何か、あらためて考える機会となりました。


吉田 さやか さん

先日は、指輪耳飾りゼミにて、
貴重なジュエリーを拝見させていただきありがとうございました。

今回は、アジアの中国・ミャオ族と韓国の装身具がとても印象的でした。

この1、2年拝見していた日本の装身具との実用性の違いが明らかで装身具が装身具たる所以のようなものを感じました。

重量が重たい程良いであるとか、本来、そこへ辿りつく独自の風習や習慣、文化がある様に思います。
その精神性を今後は見ていき、装身具の理解を深めていけたらと思いました。

今回は、ミャオ族について理解を深めていきたいと思います。


野上 亜紀 さん

第1回目の指輪・耳飾りゼミでは、授業のなかで先生がおっしゃっていた「装心具」という言葉が心に響きました。
本来ジュエリーはもっとネイティブな感覚で用いられていたものであって、極めて人間の心に「まっすぐ」な形で存在しているものであることを実感い たしました。
ジュエリーを遊びや財産という視点からとらえることは非常に西洋の、文化的な見方が強いものであるのだと改めて思い、文化としての ジュエリーの歴史と、そもそもの在り方との違いについて考えさせられました。
1920年代に西欧の文化人たちがアフリカのネイティブたちに惹かれ ていた現象もまた、原点回帰という意味を持ってみたときに、装身具の世界にも当てはまるのではないかと思いました。
個人的にはブランドを追うばかりの仕事をしているため、非常に興味深いテーマを与えてくださったと思い、本当に「ジュエリー」そのものが、ますま す楽しみになりました。ありがとうございます。



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