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日本の装身具ハンドリングゼミ 第21回

ここでは、会員の方のゼミでの感想や気づいた点、意見、お寄せいただいた各種情報などを掲載します(順不同)。


青木 千里 さん

研究会、今回もとても興味深く勉強になりました。さて例のピンについていた書付。
書の師匠(70代の方)に文言を解読していただきました。添付の写真もご覧ください。

「かたみの頸飾をときて(之)
紀念に分ち申し上げ候」

とのことです。

 このピンに関しては3人の人物が関わっていると思います。
A 亡くなった人
B 書付を書いた人
C ピンをもらった人

 以下は私の私見です。この時代当然真珠の首飾りを持っていたのは女性のはず。
文字の雰囲気、言葉つかいから書き手BはAの近親者で男性ではないでしょうか。
形見分けというのは目上または年長者から同輩もしくは目下あるいは年下へと渡すものです。
書き手Bは丁寧語(敬語)を使っているのでもらった本人ではない。しかもBよりCの方が目上となります。

 以上から
A 富裕層の女性
B その女性の息子
C 亡くなった女性の友人、知人、妹、弟、従姉妹

 ロマンティックに息子さんが母親の元恋人に渡したというのもありかも知れません。

Bグループのみなさんはどんなご意見となるでしょうか。楽しみです。

 それにしてもこのピンの真珠はごく小粒ですよね。同じ大きさの連組みだと100粒近くになるはずで、それを分けるのは関わる人が多すぎる気がします。
グラデーションの組みであればほんの端っこの方を分けたことになります。もっと中央の大きいところを上げればいいのに・・・。など、と貧乏人は妄想が膨らみました。

 入っていた御木本のケースですが、これは大正2年(1913)から大正7年(1918)頃のものかと存じます。

 以上週末の楽しい謎解きでございました。


吉田 明泰 さん

大河ドラマを見ていて気がつきました。

昨日のゼミの書き付け、私の読めなかった文字、「候」ではないかと。

8割がた読めたので、書き付けの写真をとっておきませんでしたので確認できませんが、メモした部分とあわせると「かたみの頸飾をときて紀念のために分ち申し候」 になります。

ネットで「候」のくずし字の用例を拾いましたので、比べてみて下さい。

画像1 画像2


鈴木 はる美 さん

6月2日に第21回日本の装身具ハンドリングゼミ 大正・昭和初期の装身具 (男性の様々な装身具)を受講しました。
毎回のことですが、貴重な資料や作品を手にとり観賞する講座は先人たちの技と現在に継承するデザイン力に圧倒されます。

@〜Bのピンは、うかつにも男性用とばかり思い込んでました。

今日、伝統装身具ネット図鑑の「明治期の広告」掲載見つけました。
明治40年8月 婦人画報の広告で掲載主は白牡丹本店です。
広告によると、男性はネクタイ、女性は襟留に使用したようです。
謹賀新年とあるので、8月号とあるのは、不思議ですが。ご参考に。


沢村 つか沙 さん

今回は大正昭和の男性装身具でしたが、品が良く上質のスーツやシャツに合わせるものがほとんどのように思いました。
現代では、テレビに出てくるような大会社の社長、会長と言えども、ネクタイピンやカフスを必ずしもしてるようなイメージはありません。(時計は高いものを着けているように思いますが)
そのように思うと、こういったカフスやネクタイピン、シガレットケースは、社会的地位を象徴づける身だしなみ的な要素が多かったのではないか、と思いました。
現代の女性が、装飾品として着けるジュエリーとはまた異なる役目があったように感じました。


大崎 典子 さん

今回もまた素晴らしい装身具の数々を拝見いたしました。
ありがとうございました。
以下、印象的だったお品について書かせていただきました。

●ネクタイピン3)

形見分けでピンを作ったらしいとのこと、なかなかないことで面白いですね。

もとは首飾りだそうですから、ピンの方もいれば少し短めのネックレスなどの方もいたかもしれませんね。このような形で分け合うのは特殊な感じがしますが、どういった方だったのでしょうか。内々のことだからでしょうか、お名前をはっきり書かれていなかったことが残念です。

●ネクタイピン7)

ヨーロッパのアンティークジュエリーでたまに見かける「ボール・アンド・クロウ」 (球を掴んだ鳥の足先)を取り入れたピンかとお見受けしました。

もともとは球を持つ中国の龍の足先を取り入れたデザインだそうで、雄々しくも縁起がよさそうです。

こういったデザインの古い簪をどこかで見たこともあり、性別関係なく取り入れられていたデザインなのでしょう。

●バックル6)

ダイヤがちりばめられた絢爛豪華さに驚きつつ、どんな服装に合わせたのか疑問に感じました。ウエストだけキラキラさせるわけにもいかないと思いますし……。

いい生地を使ったモーニングに合わせたのであればちょうどいいかもしれませんね。

多種多様な大きさ・カットのダイヤが集められており、当時流通していたダイヤのカットがうかがわれて貴重な資料だと感じました。

●シガレットケース2)

非常に長細いシガレットケースで、こういうものは初めて見ました。

当時、応接間などに置く時は箱型の煙草入れを用意していたはずです。ということはこちらは携帯用でしょうが、ここまで大きいと携帯しにくそうです。丸缶の40〜50本分を一気に収納できるようにしたのでしょうか。

お名前を書く場所が空欄でしたから、使用はされていなかったのかもしれませんね。

●シガレットケース10)

描かれているのはエジプトの「太陽の船」だと思います。

太陽そのものが船となり天を巡る様子、または王が亡くなり神のもとに向かう様子を表しています。

祭壇や神が同乗していないこと、またその身が光っていることから、中央の人物は太陽神ラーかと思いましたが、頭にちょろんとした毛があるあたり、ホルス神?(ハヤブサの神で王の象徴)かもしれません。

体が省略されているので、エジプト神っぽいものを継ぎ合わせただけという可能性もあります。

クフ王の舟が見つかったのは戦後の20世紀半ばでしたが、それ以前からこうした船の意匠が日本にまで伝わっていたのは意外でした。

調べてみたところ、1901~2年にエジプトの古い船が壁絵とともにたくさん見つかったことがあるとのこと(ただしすぐに埋もれてしまったそうです)。その影響もあるのかもしれませんね。

残り1回となり、残念です。次回もどうぞよろしくお願いいたします。


小宮 幸子 さん

大正・昭和初期のアッパーミドルの紳士達はなんてお洒落だったのだろうと、作品を手にしながらしみじみ感じました。ダイヤモンドや真珠、ヒスイのセットされたネクタイピンや、凝った作りのコートチェーン(3)などは、女性が身につけても全く問題ないデザインです。当時の男性の洋装には帽子を合わせるのが当たり前でしたし、ステイタスという意味合いが大きかったにしても、装身具まできっちり身につけた姿は存在感があっただろうと想像しました。

Bグループではシガレットケースの素晴らしさを挙げる人が多かったように思います。作品それぞれの良さがあるのですが、特に切り嵌め象嵌のシガレットケース(7)や布目象嵌のシガレットケース(8)などは水墨画か絵画のようで、「携帯する芸術品」と言ってもいいほど魅力的でした。

現代のファッションは、かつてないほどカジュアル化が進んでいます。それによってカフスやネクタイピンなど装身具の需要も薄れていますが、どこか寂しい気持ちになります。行き過ぎたカジュアル化の反動で、正統派の装いに惹かれてしまうからかもしれません。

ゼミも残すところあと一回。貴重な時間を大切にしたいと思います。


中村 園子 さん

男性のジュエリーを見る機会は少ないので、貴重な機会となりました。
ありがとうございました。

この頃のおしゃれな男性は、洋服に気を使うのと同じくらい、その洋服を引き立てるアクセサリーにも気を使っているように感じました。
シガレットケースにまでこだわりれるのは、成功の証だったのでしょうか。
授業の時は現物を見るのに集中して、使っている人や選んでいる時の楽し気な様子に想いを馳せることができませんでしたが、改めて写真を見直してどのような人がどんな時に着けて、どんな気分だったのだろうと興味が湧きました。

凄いと思ったのはシガレットケースで、それぞれ細工が凝っていて、デザイン(絵)の構図も素晴らしかったです。シガレットケース(3)や(8)は、全体に布目象嵌の時のタガネが入っていて、丁寧な仕事振りがうかがえます。
バックルのタガネも綺麗な線で、技術の先にある芸術まで達しているのは凄いと思いました。(毎回思いますが)

今回も貴重な物をたくさん見せていただき、大変勉強になるとともに、見せていただける機会がとてもありがたいことだと感じています。
最終回も楽しみにしています!



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