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日本の装身具ハンドリングゼミ 第5回

ここでは、会員のゼミでの感想や気づいた点、意見などを掲載します。


角元弥子さん

今回は江戸中期から後期の髪飾りをハンドリングさせて頂きました。

素材や様式がさまざまだったのですが、露木先生が最初にひととおり丁寧に説明して下さったので、ものが手元に来たときに観察に集中できたように思いました。

以下、今回特に気になったアイテムについての感想です。

<金属で包まれた櫛 (江戸中期参考4-3)>

櫛歯以外の部分が全て金属で覆われた、木素材の櫛がありました。似たものも含め、初めて見るデザインです。
少し不自然な感じもしましたので、金属の包みを剥がした下には、何かが隠されているかもしれないと思いました。
金属の素材は、”八橋蒔絵螺鈿硯箱(尾形光琳)”の橋の部分などに使われている鉛板か、蒔絵の製作過程でマスキング材として使うごく薄い錫の板(錫金貝)を貼っているように見えました。
持った感じの軽さと、一箇所破れた部分の雰囲気で、錫ではないかと思いましたが、どうでしょうか。

<蒔絵の櫛 (江戸中期参考@-2)>

金粉を蒔いてある地に、赤い、とても小さな四角が散りばめられた部分がありました。
9月7日のNo.8-5-6にも同じ技法があり、四角が全て赤だったので、板状にした漆を四角く切ったものを貼り付けてあるように見えました。何故同じ手間をかけるのに貝や金を使わないのか疑問で、労働コストと素材コストが今では考えられないバランスだったのかとも思いました。
今回見せていただいたものは、赤い四角に一箇所金の四角が混じっていて、謎が解けました。
ルーペでよく見ると赤い四角は一段凹んでおり、金の平目粉が剥がれて下地の赤い漆が見えているのが、赤い漆の象嵌に見えていただけでした。
すっきりしました。

<鶴足の笄 (No.3-5-3 他)>

ゼミの後、調べてみましたら鶴は他のいろいろな鳥類とともに食用にされていたようです。
(『江戸あじわい図譜』(ちくま文庫・高橋幹夫著)では、夏の味覚として紹介されています)
おめでたい意味あるので、ここぞという時に象徴的にも重用されていたようですが、江戸中期には乱獲により貴重な食材になったとのこと。
肉がそうなら、脚の骨で出来た笄もまた、おめでたい意味を持っていたのでしょうか。
その時代の価値観に思いが巡ります。
デザイン的には有機的なフォルムが独特で、断面にきっちり加飾してあるのでプリミティブにならないところが日本のものらしく、面白いと思いました。

以上です。
次回も楽しみにしております。


小宮 幸子 さん

今回拝見した中では、べっ甲の山高形櫛(4-3-1)に心惹かれました。張り合わせをされていないべっ甲本来の華奢な薄さ、やや黒の目立つ斑の入り具合、なめらかな感触に魅力を感じたのです。

ハンドリングするなかで、時代により櫛の形や大きさ、厚みが変化することを感じながら、素材としてなぜこれほどべっ甲が愛されたのかが気になりました。私なりに三つの理由を考えました。まず一つ目の理由は、べっ甲が宝石に相当する透明感と光沢を持っていたからではないか、ということです。ガラスより軽い分、髪に挿した時の当たりも優しく、柔らかみのある輝きは、琥珀や瑪瑙のように感じられたと思います。二つ目の理由は、希少性です。べっ甲への憧れから擬甲が作られ、それを受け入れた女性たちによってさらにべっ甲人気が高まっていったのでは、と考えました。三つ目の理由は、「派手さ、華美」ではなく「渋さ、地味」を好む当時の嗜好です。殊にべっ甲の髪飾りに関しては、細工は素材を引き立てるためのものという印象を受けました。精緻な蒔絵や銀細工を施した髪飾りもある一方で、シンプルに削ぎ落とされた美しさが好まれていたのだと思います。

べっ甲細工の技術を継承する職人が減っているとの露木先生のお話は非常に残念に思いました。着物に日本髪という装いに、髪飾りとして使うには最適な素材ですが、現在の髪型や服装に装身具としてべっ甲を合わせるのは難しいのでしょう。タイマイは絶滅危惧種とされていますし、伝統文化として残していく以外に活路はないものかと考えてしまいます。


 


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